Région

仲間とともに!
下北夏秋いちごの挑戦

「もったいない」から実現したいちごワインの夢

――加工をはじめようと考えたきっかけは?

就農後は、2021年に局地的な豪雨により、農場が全て水没してしまう被害を受けたものの、それ以外は皆さんからの支えもあって、おかげさまで順調に収穫量を拡大することができています。

一方、収穫量が増えれば増えるほど、規格外として商品にならないいちごも増えていきました。うちの農場だけではなく、下北半島全体だと、当時、年間10t以上のいちごが廃棄されていました。食べられるのに規格に合わないというだけの理由で廃棄される、これはまさに世界的問題でもあるフードロスですよね。さらに、廃棄するにも当然コストがかかります。どうにかならないものかと、経験豊富な先輩農家に話しても「そんなこと考えている暇があったら、収穫量をもっと増やして売れる物を作れ!」と一喝される始末で、問題意識の共有すらできません。

そんな中、とある会合で、新規就農仲間から「規格外品どうしています? もったいないですよね?」という言葉を投げかけられました。自分だけではなく、仲間がいるのであれば、この課題解決に挑戦してみる価値があると思いました。

――加工分野へはどのようなプロセスで挑戦したのですか?

次第に「もったいない」という思いに共感してくれる仲間が一人また一人と集まり、一番手間がかかるいちごのヘタ取りを手伝ってもいいという方も現れました。

さらに、青森県産業技術センター・下北ブランド研究所にいちごの搾汁について相談したところ、いちごから搾った実績はないがぜひ協力したいと快諾いただいたので、早速、仲間がヘタを取ってくれたいちごを持ち込みました。試してみると…、すごくきれいな果汁が搾りだされたんです。「これはいけるんじゃないか?」と感じました。

ここから、規格外のいちごを使って、自分自身も大好きなお酒が造れないものかと検討をはじめました。検討をはじめたといっても、どういう段取りで、どう事業化すればよいか分からず困っていた時に、また良い出会いがあったんです。たまたま会合で知り合った、当時むつ市役所に出向していたみちのく銀行の行員の方と意気投合し、その場のノリで「いちごの果汁でワインができたら面白くないですか?」と話を振ったら、「面白いですね! ビジネスプランを書いて、コンテストに出てみませんか?」と。

とんとん拍子に話が進んで、事業化へ向けた歩みが一気に加速します。その人に、ビジネスプランの策定方法や、全く経験が無かったプレゼンテーションのスキル等を、一から教えてもらいながら準備を進め、むつ市が主催するビジネスプラン・コンテストで最優秀賞を受賞することができました。自分の思いを多くの人に認めてもらえたようでとても嬉しかったです。その際の賞金30万円を資本金として、株式会社A-berry(アベリー)を設立しました。

A-berryでは、下北エリアの農家から買い取った規格外品のいちごを活用して、商品開発、製造、販売を行っています。これまでに、サイダー(香料・保存料・着色料不使用で、たっぷり果汁15%の自然な甘さを楽しめます)や、シロップ(お菓子作りやソースとして、料理の隠し味にも使えると評判です)などを開発しました。

さらに、青森県産業技術センター・弘前工業研究所等の協力を得て、試行錯誤の末、念願の夏秋いちごのワインが完成し、「FRAISE下北夏秋いちごスパークリングワイン」として2020年11月から販売しています。

――今後の展開は?

下北半島の夏秋いちごの知名度はまだまだ低く、「下北のいちご」だと首都圏の人に言えば、東京の小田急線の下北沢駅周辺で採れたいちごだと勘違いされる状況です。ですから、まずは、良い品質のいちごを作って、国内で販路を拡大し知名度向上を図るとともに、加工技術に磨きをかけ、売れる商品を開発し、安定して稼げる農業を目指していくことが第一の目標です。

下北半島は冬場に農作物を育てるには厳しい環境なので、農繁期に作業に従事してくれていた人を冬には解雇しなければなりません。一旦解雇してしまうと、来年また働きに来てくれるとも限らず、毎年新しい人を採用していては生産性も上がりません。

また、最近では、新しい人すら見つけるのが難しい状況となっていますので、夏から秋に収穫できたいちごを冷凍保存し、農作業ができない冬場に加工を行うことで、通年で雇用を維持し、農業に従事する人々の生活を安定させるサイクルを確立することが、目標達成のためには重要であると考えています。

一緒に更なる高みを目指し、未来へバトンをつなぐ

――将来の夢は?

日本全体で人口減少が進んでいますが、中でも下北半島は人口減少が著しい地域です。どんどん地域から人がいなくなり、当然、新規就農者よりも圧倒的に農業を廃業する人が多く、農地がどんどん荒廃していっています。

その様な時代だからこそ、地域で暮らす人たちが、手を取り合いお互いの得意分野を活かしながらコラボしていく取り組みが、これまで以上に必要です。一人の力だけじゃ限界があるんですよ。だからみんなと一緒にやるんです。農業に挑戦してから、それをより強く感じるようになりました。恐らく、自分一人だけの力では、このA-berryという会社はできなかった。ここまで辿り着けたのは、様々な縁で繋がっている仲間や、その時々で巡り合った行政・研究機関、金融機関がそれぞれの立場で協力してくれたからこそだと思っています。

今後は、自分自身がこれまでしてもらったことを返していく番です。いちご栽培、加工、新たな販路開拓、何にしろ「阿部とつるめば何か面白い」と思ってもらえることをやっていきたいですね。人それぞれに得意な分野があります。例えば、SNSを駆使してタイムリーでキャッチーな情報発信が得意な人もいれば、私みたいに加工のノウハウを持っている人もいる。それぞれに互いに認め合い、それぞれの得意分野を活かして、ワイワイガヤガヤ楽しみながら一緒に更なる高みを目指していきたいです。それで、みんなで幸せになり、次の世代の子たちに希望を持ってバトンを受け継いでもらう。それが、私の将来の大きな夢です。

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取材を終えて

地元・下北半島で一念発起し、新規就農した阿部さんの挑戦は、当初は、真っ新な状態からのスタートで、手探りの状態が続いていたが、持ち前の明るさと人懐こさ、探求心を武器に、古くからの仲間や、地域活性化に対して想いを持った行政等支援機関の担当者と共に壁を乗り越えステップアップしていった。

取材中、「一人の力だけだと限界がある。だからみんなと一緒にやるんだ。」という阿部さんの言葉が最も印象的だった。

人口減少が加速度的に進行し地域社会が縮小していく中、その地域に暮らす人々が手を取り合い、個々のそれぞれ違った能力を発揮し、一つの目標に向かって前進している姿が、今後、青森県での様々な取り組みのモデルとなっていくことを確信した。

阿部さんはじめ下北半島で新規就農し、試行錯誤しながら更なる高みを目指そうとしている若い挑戦者たちを、これからも全力で応援していきたい。

(取材・編集 石田聖臣)

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